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会津墓地

昨日アップした真如堂から墓地の中を南へ金戒光明寺方面に進むと会津墓地があります。
 会津藩主松平容保が京都守護職に任じられ1,000名の藩士と共に黒谷にある金戒光明寺を本陣として任に当たり始めた文久2年(1862)から鳥羽伏見の戦いまでの間に戦死・病死した会津藩士達がここに合祀されています。
 会津ゆかりの人達には知られた場所ですが、今まではあまり注目されていない場所でした、しかし今年の「八重のさくら」ブームで俄然注目度が上がって多くの人が訪れています。
数え方に色々あるようですが一応352名の藩士たちが祀られているそうで記念碑(よく見えない)には名前も彫られているようです。
私が行った時も熟の年のグループがガイドに引率されて来ていました。
但し八重と新島襄や兄の琢磨の墓はここではなく哲学の道から入った若王子山の同志社墓地にあります。
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by kamogawa35 | 2013-09-27 20:20 | 京都の四季 洛東 | Comments(0)